はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記です。気軽にコメントください。

楽しみ方

 

世の中には、才能であふれている

自転車、冷蔵庫、靴、なんでもそうだ

本当に身の回りにあるものすべて

最初に考えた人は天才だと思う

 

そしてそこに才能が隠れていることを、気づかせないほど、当たり前のように毎日使っている

 

素敵な世界だなと思う

 

それと同時に、ほとんどの人間は何もなしていないのではないかと。

そんなことを思ってしまう

人類の叡智を積み上げて来たものはごく一部の

人間だけで、後はみんなそれに乗っかっているだけ。

 

それを楽しむ能力はある。

心を動かす音楽だって、心がないと意味がない。

使い方を知らないと、便利なものも意味がない。

 

そう言った能力が、誰にでも備わっている。

 

何かの役に立とうとか、生きがいをみつけようとか、そんな答えがあるかどうかわからない旅に出かける必要なんかないのかって。

 

社会のなかの楽しさや、ワクワクを受けとめることに専念して、それが結果として、社会にとってプラスになっていくのなら万々歳。

 

そんな感じで、ゆるくやっていこうくらいがちょうどいいと思った。

 

病んでるわけでも、何かに諦めてるわけでもなくて、こう言う生き方も素敵だなあって。

 

自分が生きやすい生き方ができるように

信じるものを好きに選ぶ、ある意味都合の良い生き方をすればいいと思う。

枝豆的トーク

 

人は聖人君子ではない限り

イライラすることが絶対ある

 

酒のつまみにはそういったことは、絶対に外せない、枝豆的なポジションであることは

誰しも異論はないだろう

 

基本的にマナーのなさが垣間見えた時に、なんとなくムムッとセンサーが反応してしまう

 

バス停で待つ時には、電車を待つ時とは違って、特に列を作ることがないから、なんとなくの順番で乗りこむ。

そんな時に、最後の方に来た人が、先に来てた自分より早くバスに乗り込む。

特にこれといったルールはないけれど、そこにモラルやマナーと言ったものはあるべきだと思う。

モラルやマナーがあれば、ルールなんてきっちり決めることなんてないのにな。

 

授業の出席カードを書く時に、前の席のクラッチバッグしか持ってない、金髪がペンを貸してと声をかけてくる。

大学に来ているのに、なんでペンを持ってないの?そのクラッチバッグには何が入っているの?

 

そんなことを話していると、共感してくれる人もいる。

 

そして、そんなことでムムッとしてしまう自分の小ささを実感して、なんだか切ない気持ちになる。

ここまでも共感してもらう。

 

こんなかんじの、どうしようもなさを感じること。これからもたくさん酒のつまみにできるかもしれないと考えると、ネタを集める感じで楽しみである

 

 

解放感

 

テストが全部終わった

ここ1週間自分は試されていた

 

付け焼き刃はなんとか戦えたかな?

1ヶ月も経てば、全部すっからかん

 

そんなことはどうでもよくて

やってきた夏休み

 

白紙、白紙、白紙の手帳

 

全部がすっからかん。

 

何をつめこむか選び放題

ここでつめこんだものがたぶん自分が1番

望んでいるものだったり、しなかったり

 

 

テスト終わり早速飲みに出かけた

スペイン料理を4人で食べた

ビールを飲みながら

トルティージャ、生ハム、アヒージョ、パエリア

そして最後にストーンズバックを一杯。

 

そして、何回も同じメンバーで飯をたべて、

何回も同じ話をして、何回も同じ笑いをする

 

ものすごい、広い大学の中でものすごい狭いコミュニティを作った。

 

たまたま英語の授業の時、あの席に座ってなかったら、今ごろどうなっていただろうか。

そのたまたまが、半端ないほどの大学生活で大きなものになっている。

 

そんなことも伝えるはずもなく、いつもどおり解散した。

 

 

 

 

ひとはそれぞれ、道を歩いている。

 

たとえそれが、まっすぐに舗装された道だとしても。

たとえそれが、雑草だらけの道なき道であったとしても。

 

それがたまたま、一緒になったり、近くになったりしただけなのに、道が離れていく瞬間になるとなんだか切ない気持ちになる。

それが2度と交わらないことだってあるから。

 

一緒に走って。一緒に走ることが当たり前になっていく。

だけど、別れはいつか来る。

 

そんな瞬間は切ない。

 

だから、最後くらい、ありがとうって言うんだろうな。

 

 

そういえば、インターンシップ

お祈りメールいただきました。

 

なんとなーく生きてきて、なんとなーく生きていく。

アイデンティティが崩壊されるほど、確立されてなかったことを知る。

エリクソンに言わせてみれば、まだまだお子ちゃまってことです。

周りの手札ばっかりみていて、自分の手元に何も持ってないことを知った。

 

まだまだ子供だから、馬鹿だから

とりあえず、帰って還暦を超えている親の仕事を手伝ってみようと思います。

 

どんな風に生きてきたのか、どんな風に自分を育ててくれたのか、

これからの自分のヒントに。

 

マイインターン始めます。

 

 

ざぶーんと夏

 

最近は、夜中にその日あったことを、思い返しながら、手に日記をかいてもらっている。

 

そして次の日の10時に予約投稿をして、その日の眠りにつく。

 

数時間のタイムラグが発生してしまうけれど、なんとなくこの形がしっくりくる。

 

特に理由はないけれど、こうした方がやりやすいとか、こうしないと落ち着かないみたいなものは、無意識の中に潜んでいる。

 

たとえば、自分はご飯を食べる時と勉強するときは、腕時計を外したくなる。

なぜか、わからないけれど腕についてるのがそのときだけ気になってしまう。

 

たぶん、特に理由はないけれど、こうでありたいみたいなのは、無意識の中にたくさんあるだと思う。

探しても、しっくりくるのが見つからない。

 

人に指摘されるないと、気づかないことも沢山ある。

 

10時に投稿されるとなると、夏休みまで、残り数時間だ。

 

本当に、時が経つのが早いと感じる。

いやなこと、辛いことはどんどん忘れていく。

楽しいことは、たくさんやってくる。

 

人間の体感時間が早くなっていくのは

1年という長さが、生きている時間の長さに比べて、短くなっていくからだ。

と言う説は妙になっとくできる。

けれど、人間のそういった、ある意味都合のいいように生きていくように、歳を重ねるにつれて覚えていった、無意識のうちに身につけた技術なんだとも思う。

 

忘れることは、より楽しく生きるために、より大切に生きるために備わった、能力。

 

浜辺にかいた文字が、波によって消されるように、何をしてもそれはいつか消えてしまう。

でも、もう一度そこにかけるように、砂が平らにされていく。

 

そんな感じで、ゆらゆらと生きる。

 

 

ガスト勉

 

 

昨日は一日中、結構な大人数で、勉強したから、もんもんと頭を抱えることが少なかった。

 

わからないとしても、聞いたりして。

わからないとしても、他の人もわからないから安心したりして。

 

そして何より楽しくできた。

脱線に脱線を重ねて、どこを走っていたかわからなくなる。

 

そして、物思いにふけることが無いから、ここに書くことも少なくなってきて、薄っぺらくなっていく。

 

それが良いことかどうかはわからない。

どっちでも良い。

と言うかどっちでも自分は楽しさを見つけられている。

 

友達と笑い続けてこころいっぱいになっても、

ハングリーさを感じながら、思索しても

どっちでもいい感じに楽しめている無敵状態だ。

 

 

なにを良しとして、なにをダメとするのかは結局自分の心の持ち方なんだなぁって。

 

あぁ、決めている文量に乗っからないよー

よよよよよよよよよよよよよよよよ。

 

早く夏休みになって、夏を謳歌したいなぁ。[完]

 

がんばろ

 

 

よくわからない何かを信じて

よくわからない何かに流されて

ものごとを決めてきたかもしれないとふと思った

 

ハイデッカーのいうダスマンみたいなものになっている

 

 

 

テスト期間になって、『金融』という、いかにも経済学部ですけど。みたいなオーラが出ている科目を勉強をしながら、自分はなんでこれをしているんだろう。

 

頭の中はぐるぐるうるさいのに、図書館は静かだ。

 

でも、今さらそんなことを言ってる学年でも無いから、おとなしく勉強をする。

 

4単位の重さをひしひしと感じながら、現実逃避のための、文章を綴る。

 

「誰にでもわかる」とついた金融論を手に取り、席に持ち帰るが、わからない。

自分は誰でもに含まれてもないのか。

かわいらしい表紙とは裏腹に、自分にはわからない言葉がずらりと並んでいる。

 

テストの過去問の量は1ページの半分くらいしかないけれど、わからない言葉が、ぎゅっと圧縮されているから、なかなか進まない。

 

金融政策決定会合、貨幣数量説、補完当座預金制度、南無阿弥陀

 

勉強していることがわからなくて、勉強そのものの意味を考えだすのは、典型的な現実逃避だよね。