はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記→会社員になりました。あまり更新できないかもしれないけど、気軽にコメントください。

長いです

 

 

 

家に帰ってゲームしたいな

部活めんどくさいな

この後バイトか

 

なんてことに想いを巡らせながら

授業の時間の大半を過ごしていた

 

僕らはみんな受けている

授業があるから受けている

 

その程度の気持ちで生きていたから

別に上手くいかなかったとしても

病んだりすることはなかった

 

うまくいかなくて泣いたあの日は

中学であれほど嫌いだった部活の引退の日に

とりあえず泣いてしまったあの浅はかな涙と同じ味がした

 

ほんとは全然そんなことはないし

涙の味に違いはない

 

話はだいぶ逸れたけど

社会人になって、不幸なことに

試験をたくさん受ける羽目になった

 

そして、試験を結構合格して

ちょこちょこ落ちた

 

そこで今になって感じたことがある

 

勉強って学習計画を立てて

それに向かって実行する

 

これに尽きるのではないかと

 

今更ながら文字に書き起こしてまで

なにを当たり前のことを言っているんだろう

って思われるのかな恥ずかしいな

 

資格試験に関して過去問を解いてみて

傾向を掴んでそれを理解する

この勉強方法で間違いないことがわかった

 

そこにセンスの余地もなければ

やればできる

ただそれだけのテストなんかつまんないな

って思ってた

 

みんなの早押しクイズに一定の自信がある

わたしからすると、センスを出させてくれよこのやろう状態である

 

でも実際は大学受験とかと全く同じ構造なんだなって

 

なにが言いたいかというと

覚えないといけないことが100あるとして

それを100覚えることが勉強

 

簡単な試験だとそれが少なくてわかりやすいから

すれば受かるししなければ落ちる

というわかりやすい構図になってる

 

大学受験だと

覚えることが多い

時間が限られている

 

から1000覚える必要があるのに

1000覚える時間に制約がある

だからたまたま知っていることが出たりして

点数に差が出る

 

小テストだったりすると出るとこが分かるから

対策を立てやすいし、一瞬の記憶でなんとかなったりする

 

つまり1覚えるのに

時間の工夫とか方法を考える必要がそもそもない

 

大学受験と小テストの差なんて

スケールの差はあれどやることは一緒なんだなって

 

ここ2年間の試験生活で感じたな

覚える効率だったりには多少の個人差はあれど

0から正解を導き出すのは難しいから

 

結局やるかorやらないかの違いでしかないんだな

 

詰めが甘いというのはどういうことかも

なんとなくわかってきた気がする

 

ここまでかいたけど

難しい試験=覚えることが多い試験

に合格するには

計画を上手く立てて、実行することができるかという

1番自分にとって重要なことが問われているし

社会人にとっても基本的で大事なこと

 

そこにいるライバルは自分だけ

 

 

そして

そんな単純な世界に身を置いている自分に

満足なんかするなと言い聞かせないとな

 

 

 

 

 

価値観について考えてみる

 

 

歳を重ねるごとに価値観は凝り固まっていくような気がしたからその理由を考えてみたい。

 

まず、価値観を固定化させるのはいいことか

目まぐるしく変わる世の中では変化に対応できないといけない

だから柔軟な価値観が求められる

一方で目まぐるしく変わる世の中では、多少の雨風には負けないような強い価値観、指針的なものが必要だったりするんじゃないかなとも思う

 

四半世紀の人生。現時点での考えとしては

年齢次第なのかなって

 

若い時にもつ信念とかって、青いとか痛いとかって場合もあると思うし

歳とって、コロコロ影響されているようなら若造とか、頼りなさにつながってくるような

 

だからと言って

自分の価値観を正しいとおもいこんで

年下の意見を認めない老害にもなりたくない

 

あんまりまとまってはないけどさ

外はふにゃっとこだわりがないけど

中にはしっかり芯があるようなさ

 

そんな人間になりたいよな

他人に自分の価値観を押し付けることはなるべくしたくないという価値観で生きていきたい

 

全然関係ないけど

文章をわかりやすく端的に書く練習で

箇条書きとか構成とか考えて書こうと思ったけど、自分のための場所だったことを忘れてた

 

自分の心地よい言い回しを使っていく

 

だけど、書こうと思ったらちゃんと書けるようにしておくよ

 

焼酎

 

最近は割と規則正しい生活を送れていた

新しい環境に適応するためにはエネルギーがある

そのためには規則正しい睡眠が不可欠であるとなんとなく察していた

 

 

引っ越しをして

新しい人たちと仕事をする

 

環境は激変だ

 

そんなんだから

石橋を叩いて渡る前に

石橋の前で規則正しい生活を送って

渡るタイミングを見計らっていた

 

だけど

引っ越しも人間関係にもそこまで刺激を感じないなって思った

 

昔はよくクヨクヨしてたのにな

慣れていくことで楽に生きていけるようになるんだな

「楽に生きていく」

それ以上でもそれ以下の意味でもない

よくもなければ悪くもないということ

 

 

生活リズムをぶち壊すことは簡単だな

それは焼酎をよく飲むこと

これで壊れることがわかった

 

結構な学びだったとおもう

気にする性格

 

 

世界7不思議とか太古の都市伝説とか調べてたりすると

人類の歴史の長さってすごいなぁなんて変なこと思ったりするし

石とかに文字を刻んでいる時代もあれば

紙で記録を残してる時代もあるけど

今はペーパーレス化が進んでいるから

仮に隕石が落ちてきて人類が滅んだとしたら

今ここに残している文章も

最近流行りのビッグデータとかいうやつとかも、跡形もなく消えてしまうし、見つけることができなくなっちゃうな

 

絶滅後に見つかるとするのであれば

紙、それよりも石である

 

実際に形として存在しないものの上に成り立っていることが多すぎるとも思う

 

お金の価値、法律、国とかとか

 

話は脱線してしまったけれど

むかしのむかしを想像する

みらいのみらいを想像する

 

何か良くわからないけど少しこわくなってくる

10年先の未来までもこわい

 

それと同時に

今悩んでることとか、気にしてることがいかにちっぽけであるかも浮き彫りになってくる

なんでこんなことを気にしてるんだとかね

極端に言えば、無駄なことにさえ思える

 

 

大きなことを想像すると

今してることに対して意味を持たなくなってしまうから

 

人間は小さなことを気にするようにできているかもしれないな

 

そう、気にするようにできている

 

 

おのれ

 

 

自分に自信をもつこと

調子に乗ることの違いを説明するのはなんとなく難しいな

 

自信満々な人は調子乗っていると思っちゃうしなぁ

 

なんか上手く言い表わせなくてもどかしい

 

それはともかくとして

自分に自信をもって生きた方が楽しいことは間違いない

つまりはちょっとくらい調子に乗ってると思われて、後ろ指さされるくらいの方がいいのかもしれないな

 

自信を持つことは気持ちが自分に対してのベクトルで

調子に乗るということは他人に対してのベクトルというニュアンスが少し含まれているのかもしれないな

なんて自分なりの結論をつけてみる

 

どういう人が成功して、いい人生を送れるかどうかなんてわかんないけど

 

自分にある程度の自信を持つことは大切かもしれないな

なんて思ってた

 

自己肯定感が低いなら

自分の好きなことに対して費やす時間を増やせばいいのかもしれないなぁ

なんてさ

 

仕事でなにか言われたって

スマブラでは最強の自分がボコボコにしてやれるしなぁとかって思えたりする

 

いやしない、スマブラで強くたって

上には上がいるし

上司とスマブラをする世界線なんて

スマブラが飲み会と同じくらいコミュニケーションツールとして利用されるような時代が来たって嫌だなぁ

 

なんてさ

言ってること自分でもよくわかんなくなってきたけどさ

 

とりあえず好きなことする時間を少しでも増やせたら

自分のこと好きになったらするんじゃないかなぁなんて淡い期待を募らせながら

スマブラで負けて胸を掻きむしる

 

寝る前

 

 

花粉なんて年中飛んでるし

慢性的に鼻が利かなくても

なんの支障もなく生きていけることくらい知っているから

 

(ほぼ)全ての花粉アレルギーを持つ自分は

鼻の調子がいい日を知らないという点に置いて

もはや花粉症ではないという確固たる自覚、そして自負がある

 

今日花粉ひどいねぇ?

ボールが飛んでくる

え?そうなんですねぇ。

と返す。

 

花粉症じゃない?

って言うボールに対して

ゴリゴリ花粉症です。

というチグハグな大暴投。

 

花粉症すぎて花粉症がわからないから

鼻のコンディションなんかいちいち確認なんかしていないんだ

 

 

そう生きてきた

 

自分の体調なんか気にせずに生きている

 

そうやって今日も1日をなんとなく過ごしている

 

そろそろ寝る時間だなぁなんて

もともと横になっていたベッドに

心の中でもういっかい横になる

 

ふと自分の口が開き続けていることに気がついた

 

口をあけてたらみっともないな

鼻で呼吸してみよう

 

!!

 

びっくりした。

空気の吸い代がまったくない。

完全密閉。号泣した後のような鼻感。

鼻がただの飾りでしかない状態。

この鼻を誰かにレンタルしたらクレーム殺到するレベル。というかお金をもらってもいらない鼻。

とでもいう有様だった。

 

やっぱり今日は花粉がひどい。

 

 

 

 

年末年始

 

 

23時50分

突然ブログをかきたくなった

 

今日いろんなことを考えたけど

思ったことはすべてどこかへ飛んでいった

 

年末ほど一分一秒を考えることをはない

来年はどんな一年になってるだろう

来年になったら明るい未来が待っているはずだと

いうしかない、願うしかない

 

ただ紅白を観てる年末だ

年末と年始は酒に溺れてみよう

ずっとのんでいく

 

何が楽しいかはわからないけどな

 

なにかを止める

なにかを始めるには良いタイミングだ

 

今年の目標は

 

「体を柔らかくする」

 

人生には柔軟性が必要だ

強い魂は強い肉体に宿ると巷で言われてるならば

 

柔軟な心は柔軟なもも裏に宿るはずだ

 

心ない言葉も

はたさしないプレッシャーも

 

驚くのほどの長座体前屈で跳ね飛ばしてしまおう

 

どうしようもない毎日だったとしても楽しもう

 

人間には区切りが必要だ

 

でも、1秒単位で時間がわかるやうになったのっていつからなんだろうな

 

カウントダウンっていつからできるようになったんだろうな

 

こんな一分一秒を生きるようになったこと

便利だと息苦しさもあったりする

 

あぁ

年明けまであと1分か

 

ポジティブに行こうぜ!!!

 

ういぃぃーーー

 

がんばるどーーー

 

よろしくお願い申し上げます。