はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記→会社員になりました。あまり更新できないかもしれないけど、気軽にコメントください。

つくえ

 

机を組み立てた

説明書通りにネジを回しただけの

簡単なDIY

万能の神にすらなったかのような高揚感を味わう

 

自分で何かを生み出す、作り出すことは

人間の喜びの1つだと感じる

 

時間が無い中

組み立てた

仕事があるのに

早く寝ないといけないのにな

 

だけど完成したデスクで勉強する自分の姿を

想像するだけで賢くなったような気がする

 

前一人暮らししてた時には

勉強机がなかったから

勉強しなかった

 

ハムスターは丸いコロコロがあれば走るように

勉強机があれば黙って勉強するだろう

 

環境とはすなわちそういうことなのかな

 

言い訳ともとれるよな

 

その基準は自分の力でどうにかなるかどうか

 

前の家は勉強机を買おうと思ったら買えた

だから勉強しなかったのは言い訳でしかない

 

反対に

水たまりに泳ぐメダカが干からびてしまった

アスファルトの上で焼かれているのは

言い訳というのはちょっとかわいそうだな

 

例えが思う存分ちんぷんかんぷんだけど

今日は寝よう

 

ニコニコ

 

 

人間として

一番いい状態ってなんだろうなって

 

生き方とか幸せとか

スピリチュアルな世界に入ってしまうな

 

もしそれを見つけてしまったら

他人に対して

屈託のない笑顔で宗教じみたことを押し付けてしまうんだろうな

 

悪気のない価値観の押し付けほど

恐ろしいものはない

 

まぁそんなことを考えてしまっている時点で

一番いい状態じゃないんだろうけど

 

これといって悪い状態でもない

 

大吉を引いてしまうと

次の年は下がるだけ

 

凶を引いてしまうとあとは上がるだけ

 

どっちがいい状態なんだろうな

次のことを考えてなんかいると

 

今の良いことをないがしろにしてしまう

今を楽しんでる人はとてもキラキラしてる

 

よく笑ってる人に

近づきたくなって

 

一緒に笑顔をしてもらうようにした

 

私は面白いことなんか言えないけど

一緒に笑うことはできることに気がついた

 

人間は

色々なものからエネルギーをもらうことが出来るけど

 

他人からのエネルギーを受容しやすいみたいだな

 

流されやすい性格なら

いい方向に流されようっと

 

笑顔

変わらない風景

 

 

四月の日が落ちたあと

まだ空が明るい少しの時

 

仕事終わりバスの中

外を見ればライトをつけて走ってる車とつけてない車の数が同じくらいだなぁなんて

どうでもいいことを考えてる

 

すっかりネクタイを締めるのに慣れてしまった私の前には

母校の高校生が参考書をひらいて勉強してる

 

私はiPhone片手にネットサーフィンだ

 

 

7年前に高校入学したての時の不安が

現在の自身との心持ちとピッタリとリンクした

 

バスを降りた時に感じた少し肌寒い風と何も変わらない景色が

私を過去に飛ばしてしまったみたいだった

 

綺麗に結ばれたネクタイと最新のiPhoneだけが

それを否定する証拠だった

 

7年間という月日は

どんなだっただろうかと

ゆっくりと思い出す前に

歩いて自宅に帰り着いてしまった

 

体の全細胞は入れ替わっていて

7年前の私だったものと

同一人物だとあらわす証拠はどこにもないけど

 

かすかになにかを思い出した

みぞおちの奥に感じる懐かしさという重さが

その証拠になろうとしてた

 

 

 

 

かくこと

 

 

ひねくれてストレスが溜まってる時こそ

どうにもならないことを嘆いたり

文字を書いたりして

自分を慰める

 

話し相手がいなくて

自分とじっくり話していたから

 

中二病的な痛い文章を書いていた

割とそんな自分が好きであったし

 

読み返してみると

結構楽しかったりする

 

小さな出来事でも

よくよく考えて噛み砕いて

抽象的な文章ばっかりの妄言でも

話し相手が自分だから

理解しやすい

 

最近は書くことがあんまり思いつかないな

 

なんでだろうな

理由は2つ考えられる

①自分の性格が少しポジティブになったこと

②視野が狭く、思考力が落ちてしまったこと

 

このどっちかだろうな

前者であってほしいな

 

会社員になったからといってさ

めんどくさいことを省いて

会社員に馴染むことって

よくないよな

 

どこか

尖ってる自分でいたいな

自分で言っちゃう時点で

多分先端はまん丸なんだろうけど

 

アイデンティティをさ

働くことに逃がす自分ではいたくない

 

自分は自分

中身は変わらない

久しぶり

 

久々の投稿

社会人になって2週間が経って

思うことがある

 

 最初のうちは研修期間で社会人と名乗るべきじゃないけど

 

学生が終わったということで社会人と名乗らせてほしい

 

社会人という言葉を多用してるけど

卒業した瞬間に肩書きが社会人になって

とたんに社会と関わらなければ

人権がないくらいの勢いでほかの肩書きがなくなってしまう日本の右に倣えの精神はこわい

 

斜に構えても仕方ないし

いちいち噛みつけないから

社会人っていう言葉を使っていく

 

思っていたより

研修はたのしいし同期のことが好きになった

 

仕事のストレスは人間関係のストレスが大半なような気がする

 

出来る出来ないはあると思うし

やりがいのない仕事もあると思う

 

ストレスは

自分ではどうにもならないものに対して感じるような気がするから

 

仕事は練習すればなんとかなるし

やりがいも自分でなんとか見つけるくらいのこだわりのなさが自分の持ち味だ

 

 

ポジティブな性格なんて

何歩譲ったって言えないけど

 

ポジティブを演じる

元気を演じる

新入社員の元気さを演じる

 

そのくらいの感じで

 

ドキドキ

 

 

 

ネコよりヒマな毎日から

学ぶことが多すぎて

頭がパンクするような日々になるような気がする

 

いや

そうであるべきだ

 

大学四年間で学ぶことが多かったけど

しょうもない記憶が増えて、教養は減った気がする

 

だから

空いたメモリーにはスポンジみたいに

色々学べそうな気がする

 

都合のいいように

考えていくことは大切

 

 

言われるがままに学ぶ仕事と

自分で考えないと意味がない仕事があると思う

 

その2つの区別をしっかりしながら

…と思ったけど

 

何も知らないのに判断なんて出来ないか

 

うーん

色々難しいなぁ

 

無駄な部分を削ぎに削いだときに

残る心構えを何にしよう

 

自分をらしさを忘れないで、従順にいる

ことかなぁー