はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記です。気軽にコメントください。

受験

今週のお題「受験」

 

受験それは、青春の日々

受験それを、通して人は弱さを実感し、強くなる

 

ただのテスト

振り分けられるだけの手段と言ってしまえばそれまでだけれども

それは出題者の立場からの話であって

 

手段としての、試験なんてただの線引きであって、大した意味を持たない

 

勉強ってグラデーション的に境目がよくわからないもの

だけど、試験の合否だけで、天地の差があるような錯覚をする

 

ただ、やっぱり受験に合否はつきものだから

受かればなんとでも言えるし、落ちればなにも言えない

 

だから、こんな甘いことを言えるのは外野だけで

こんな言い方ほど、無責任なことはない

 

受験というのは、ひたすらに頑張る努力が出来る感情を

決しておごらない、謙虚さを試されるもの

 

才能の差は小さく、努力の差は大きい

生まれつき持ったもので、勝負がつくほど受験は甘くないし

人生は短くない

 

そして、合否がそのまま成功、失敗を決めつけるのではなくて

 

それは、今の自分がきめること

 

 

過去にあったことは事実だけで、その事実を見るのは今この瞬間しかない

 

微妙なラインで、合否を分ける受験なんか

遠い過去になればそのラインなんか

見えなくなってしまう

 

 

 

 

 

 

 

1月20日

 

自分が優しくいられるのは

周りの人が、優しいから

 

自分が頑張れるのは

周りに頑張ってる人がいるから

 

人は1人だけで、完結なんかしない

 

周りが、ギスギスしていたら

優しくなんていられないし

 

周りが、怠けていたら

そっちに流れてしまう

 

言い訳を、周りのせいに置きたいわけじゃない

 

ただ、うまくいってるときに

それは、自分だけのおかげじゃないってことを言いたい

 

猫の手だって借りながら、一生懸命に生きていきたい一方

 

猫の手ほども、働きたくないくらい、怠けながら

人生をローギアで過ごしていきたい

 

そんな両方の理想を

かかげる自分の人生

 

どちらを、選んでも

たくさんの人間の手に、引っ張られながら

生きていくことには

変わらないことを、いつまでも、いつまでも

忘れないことが出来たら

 

謙虚になれて、優しくなれて

周りを優しくすることができるだろう

 

自分が優しいから、周りも優しくなる

周りが優しいから、自分も優しくできる

 

どっちでもいいけどな

 

 

聖書感想文

 

キリスト教を知らない

キリスト教信者による

聖書の読書感想文

 

今日は第1回の開催です

たぶんもうないです

 

旧約聖書、コヘレトの言葉を読んでみた

 

聖書も結構いい値段で買ったんだけど

バイト先の後輩ちゃんの好感度を上げたいがために、あげちゃった過去を持つほどに

安っぽいものだった

 

それ以来ぶりの聖書の言葉

授業で触れる機会があった

 

人がする苦労に一体なんの価値があるのか

 

風は南から北に吹き、また南へと吹く

日は登っては、沈み、また登る

世は過ぎ去って行き変わらないのは地だけ

 

知れば知るほど、虚しさは増えて

知識が増せば苦悩が増す

 

的な事が、書いてあるはず

 

努力になんの意味があるのかとか

虚無感漂う章だった

 

たぶんもうちょっと知識あったり

ゆっくり読めば、だから神様に救いを

みたいなことが、書いてあるんだろうけど

 

雑に読んで、雑な感想をかくと表面のこんな感想になってしまう

 

虚しさを、感じるのは

考えれば考えるほど

いろんなことを知れば知るほど

 

人間はちっぽけな存在っていうことを

最初は薄々、だけどだんだん濃く、感じられて来るんだろうな

 

その虚無感と向き合うくらいなら

考えるくらいなら

踊った方が良い

 

何もなくて、無理やり書いた感がすごい

 

書くネタを考えるのに苦労するほど

平和で穏やかな日ということはない

 

 

 

 

摩訶不思議

 

の、「摩訶」って一体なんなのか

 

「不思議」としか仲良くないし

字面結構いかついし

 

こいつの正体、気になった

 

Googleにきいて

5分で得た知識を

1分にまとめるという、浅い知識をより浅くするという

鰹節をみじん切りするような、無意味な作業

っていうか例え下手すぎるな

 

摩訶とは、仏教から来る言葉で

偉大なって言う意味があるらしい

 

めっちゃ不思議ってことだね

おどろおどろしい見た目も

サンスクリット語の当て字だと知って

納得

意外と万能なこの言葉だけど、ピンポイントな使われ方をしているのは

 

摩訶自身も、窮屈に違いない!

ここまで知って

活躍の場を与えたいと考える人は自分だけじゃないはず

心配は杞憂に終わった

 

実はマハトマガンディーの

マハが摩訶という

 

衝撃の事実

 

ちなみにトマがアートマンつまり魂っていう意味で

 

偉大な魂ガンディー

って言うらしいよ

 

なんだ、摩訶、頑張ってんじゃん

 

 

 

 

 

働きたい

 

やばいよやばいよ

出川哲朗だよ

 

ちょっとした自分のミスで

1ヶ月間アルバイトする予定だったのが

まさかの半月になってしまったよう

 

間違えた本当に

色々な計算が狂ってしまったよ

 

就活やら、勉強やら、なんやらかんやら立て込んでいるこの時期に

お金が必要になってくるのに稼げないじゃないか

 

やってしまいましたな

どうやってお金を稼いで生きていけば良いのだろう

 

 

ギャンブル?仮想通貨?

いやいや、働かざるもの食うべからず

というか、結局働くことが1番効率が良い

お金の集め方だと思うんです

 

何の力もない自分が

組織の力を借りることで、何か人のためになることができる

だから、お金を稼いでいけるんだなって

 

ああ

何か探さないといけないな

 

いやいや、もう

誰か何かおらに仕事を分けてくれ!

 

頭でも体でもなんでも売りますから

 

自分には何もない

 

自分がいなくなったとしても、時計の針は回り続けて

波は満ちては引いて行く

 

地球は回り、新たな命が産まれるそのかたわら

ある星の光は消え、またどこかで動物たちは食う食われるの争いをしている

 

変化

 

 

自分は自分の連続なのに

いつ変わっていくのだろう

 

まるで、人生3周目かのような

不変さに嫌気がさしてきたこの頃

 

落ち着きがあるわけじゃないし

不安になることばかりだけど

 

なにも変わらないことが

果たして良いことなのか、悪いことなのか

 

はやくに善悪をつけてしまいたくなるくらい

焦ってくる

 

あのひとは変わった

前はあんな人じゃなかった

 

の後にはポジティブとネガティブどちらの可能性もある

 

フラットな感じでは言わないだろう

変化というものは、いずれにしても現状の位置からずれる事

 

でも本当に、人ってそうそう変わるのかな

 

自分の場合いつまでたっても朝が弱い子供だしな

 

他人を見て、変わったとか変わってないとか

あーだこーだ好き勝手言ったり思ったりしてる

 

それって、その人のこと

わかった気になってた、

わかった気になってるだけでさ

 

実はほんの、2%くらいしか

その人のこと知らないだけじゃないのかな

 

新たな一面が、見えるようになっただけで

その人の中身とか、心とか

 

なんにも、変わってないはずなんだよな

 

人が変わったように見えるのは

案外自分がその人の事をよく見てなかっただけかもしれないな

 

昔はあんな人じゃなかったって

ただ、興味がなかっただけなんじゃないのかな

 

うん、人のこと変わったとか言うの

今度から、言わないようにしよ

 

あ、でも

女性の髪の毛の変化に気がつかない男って

モテないよね

 

 

 

 

 

西郷どん

 

西郷どん第2話を観た

大河ドラマって、勉強になるのかな?

と自分の好奇心をくすぐりたく。

 

恥ずかしながら

子役の女の子の演技で、号泣してしまった。

 

大河ドラマって良いなぁって

真田丸も直虎も龍馬も一回も観てなかったことを後悔している

 

重い年貢を納めるために借金をした百姓の娘が

借金取りに連れ去られるところで

めちゃめちゃ泣いた

 

小さい頃は、お笑い番組でクスリとも笑ったことがなかった

無の感情を身にまとっていたこの自分が

 

まさかの涙

 

歳をとると涙もろくなるというけれど

まだ、第2話よって大河ドラマ専門家の人に

鼻で笑われそう

 

西郷隆盛のことについて、正直全然知らない

っていうか、全然学ばないよねその人たちのこと

 

この前行った鹿児島の桜島

薩摩藩の人達も眺めていた

 

一緒のものをみていたのかと思うと

少し胸が熱くなるものがあるな

 

島津家の仙巌園には行ったし

反射炉もふーんって感じで眺めたし

うん、来週も楽しみだ

録画機能つけたい切実

観たいドラマが多い