はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記です。気軽にコメントください。

ぼーっと見てる

 

地元に帰ってきて、諸々の予定が終わっていく

 

本当に友達に恵まれてるなって実感する

そして、自分がたくさんの人と関わって生きてきたんだなって実感する

 

楽しいし、終わってしまうととても寂しい

 

やっぱりたまにしかできないことだから

こう言う風に悲しく思うのかもしれない

 

みんなそれぞれ将来に対して向き合っていて

しっかりしてきてるなぁと思った

 

自分はまだ全然決まってないけど〜

って前置きして、公務員かなぁって言っている

 

こうすれば誰も文句は言ってこないし

自分でも嘘をついてないと思う

本当にそう思うこともある

 

すごくポジティブに考えるととても柔軟だから、なににでもなれるし、なににでも挑戦したいと思う

 

すごくネガティブに考えると自分でなにも決められない、何かになることを恐れている弱々ハートの持ち主だと思う

 

でもやっぱり、頑張ってる人に憧れるのは間違いないみたいだ

 

周りに頑張ってる人が多いから

頑張って行こうって

自分も頑張って輝きたいって

 

頑張るってなんだよ

そもそも漠然としすぎなんだよと

 

自分はいつでも、傍観者だった

それは今でも変わらない

 

他人の持つものを見てばっかりいて

自分の持っているものをみようともしない

何かを持っているかどうかもわからない

 

傍観者になるのはもうやめにしよう

 

 

SAKE DRUNKER

 

絶賛二日酔いの最中、全く食欲がない

1番してはいけないことは、飲酒であり

お酒のどこが良いんだと思っている最中

 

また今日も飲み会がある

もし飲み会爆発してくれたら、ほっとする

 

命を削りながら飲んでる気がするから

そろそろ人間ドックに行ってなんか色々検査してもらいたい

 

今年成人式を行なった身でありながら

日本の平均寿命まであと60年もあると考えると

日本人はどんだけタフなんだよとしか思わない

 

医療の発達だけで、これだけ寿命が伸びるのって不思議がある

 

平安時代とかほど昔は、平均寿命が40とか50とか早いイメージがある

 

だんだんと食べ物が豊かになって、栄養を取ることで長生きする。

病気に対する治療法やワクチンが増えて来たから、手強い病気の数が減ってきたのはわかる。

 

それでも、人間自体の活動はそれほど変わってないし、むしろ運動不足や不規則な食生活などが原因の生活習慣病が取りざたされる昨今、

寿命が倍近く伸びるのか。

 

これは種としての進化なのか、個体が長く生きることで人間にとって何かメリットがあるのか

 

それとも、資本主義においての、非生産年齢人口の増加を促し、女性の社会進出が余儀なくされ、出生率を下げさせて、最終的には資本主義の破滅を導く、地球からの戒めなのか

 

2日連続2日酔いの

話大脱線小話でした

 

 

 

 

 

ベストコンディション

 

スマホの充電機の接続が悪い

 

さした瞬間は充電できるけど、少し動かすと切れる

そんなことをずっと繰り返しているから

全然充電がたまらない

たまるのはストレスだけ

 

いつも寝る寸前に固定して寝る

ときどき充電できてない時がある

 

あぁって思う

 

こんなことしてるから、電池の状態がどんどん悪くなってきた

 

エアコンや白熱電球もも電源をつけっぱなしの方がエコとか聞いたことある

 

電源をオンするのにエネルギーが必要で、いい状態に持って行くのが大変

 

いい状態になってしまえば、それをキープするのは案外スイスイと行くんだろうと思う

 

そんなことを考えてるけど、コードを買い替えることはできるだけ控えたい

 

充電をできる状態にあるから、無駄な出費といえば無駄な出費

 

買いに行くのもめんどくさいし…

 

やっぱり最初をうまく始めることが出来ない

 

どうせ買うことになるのについ後回しにしてしまう

こんな感じでベストなコンディションを作ろうとせず

好機を逸してしまうのは昔からというか、もう個性になってきたような気がする

世界の塗り分け

 

日本人で熱狂的な宗教家ではないから

神とかに一心不乱になれる人は、少し羨ましいと思う反面、自分にとっては怖い存在だったりする

そう言った人にはあったことないけれど

 

なんでたいていの世界に、崇められている存在、神がいるんだろ

 

神はいなくても、人間は生きていけるし、実際に神に出会って助けられた人なんていない

 

そこまでして、心の支えというのは必要なのだろうか

 

いくらなんでも、ここ最近の2000年間、聖書なるものは流行りすぎではないかと思う

 

神様なんて、僕の考えた最強ヒーロー的な存在なのかなってふと思った。

 

小さい頃、誰だって考えたことあると思うし

誰でも思いつくからこそ、世界中に転がっているのかな

 

そんな誰でも思いつくような存在によくあ祈ることができるのだろうか

 

 

 

自分は聖書を少し読んで、生きるヒント、考えを与えてくれるような、印象を受けた

 

だけれども、戦争を起こすまで、こじれるほど大きなものなのかとも思う

 

宗教を、非難してるわけでは全くなくて

なんで宗教だけが、ここまで長い間ずっと世界中の人たちに影響を与え続けているのか。

世界地図で、宗教ごとに色分けされるまでのものになっているのか。

単純に疑問に思ったし、惹きつけるもの、きっと素晴らしいものが存在しているのだろうと思った

 

多能性

 

幼少期の過ごし方はとても大事だと思う

 

自分はゲームをずっとしてた、だからゲームは基本強い

 

子供はとても柔らかくて、細胞でいうとiPS細胞みたいな、何にでもなれる可能性を秘めている

 

赤ちゃんは初めて見るものを一瞬で認識してみる能力があるらしい

それがたとえ同じようなものが真横で並んでいたとしても

 

 

それでいて、ある種の才能みたいなのも隠してもっている

ファイターの魔力を伸ばしても効果がないみたいな感じで、得意な能力がそれぞれ存在する

 

 

その才能を見出して、小さい頃から伸ばすのが

プロになるには大切な要素の1つだったりするのかな

スポーツ一家はみたいなのは、こういうシステムがしっかりしてるのかなぁって

 

 

自分はアートなセンスがなくて、絵も下手、歌も下手

だけど小さい頃はそんなこと思ったことなかった

 

アートな才能がない自分はアートな才能を持っている人に魅かれる

 

読書感想文は大嫌いだったのに、日課として文字を打っている

 

大人になって、じぶんが凝り固まってしまったように感じるけれど、それは伸ばすべきステータスがより分かりやすくなってきたってことなのかな

 

 

 

今をおろそかに

 

そういえば、あれだけ終わらないと思っていたテストが終わって10日経った

 

そういえば、広島にウキウキ5泊した日々も終わって、帰ってきていた

 

そういえば待ち遠しにしてた高校のクラスメイトと飲みももう終わってしまった

 

面倒なことも、楽しいことも、あっという間に終わってしまう

 

面倒なことをする時、楽しいことを考えて、その瞬間をおろそかにしてる

 

楽しいことも、またいつでも出来ると思ってしまうとおろそかにしてしまう

 

結局なんとなく今を生きてない感じがする

 

今自分がたまたま京都にすんでいて、色々なところ出身の人たちと、当たり前のように会ってる

 

でも、それももうすぐすればもう散り散りになってしまうことはわかっているけど

 

想像力が足りないし、今のままが当たり前やと思ってる

 

きっとどの時期も、日常ってのは長い目でみたら、ずっと続くものではないから、非日常なんだろうなって

 

そう思った

 

高校の時に、同じ部屋にいた40人は今全員が全員バラバラで、それぞれの世界を広かれ狭かれもってる

 

違う道に行ったのに、少し戻って待ち合わせして寄り道して、また出発する元気をもらえるって素敵だと思ったり、思わなかったりして

 

温泉

 

温泉はいい

 

地元の友達に駅に迎えにきてもらった

 

何も言わずに勝手に連れていかれた

 

温泉はコミュニケーションの場としてはもってこい

 

食事と並ぶくらい大きなそれがあることは、単純に嬉しい

 

なぜか地元に帰った時と京都の暮らしとはまるで違う

 

京都はのどかで、ザ・ニホンみたいな感じと言うか、日本文化の中心と言える

 

だけれども、のどかに大切なのは寺とか景色なんかじゃないのかなって

 

やっぱり生まれ育ったところの方が、なんとなくいい

 

なんとなく時の流れがいい

 

地元でしか、知られてないご当地タレントのCMをみて、下宿先ですでにみているネプリーグを週遅れでみる

 

最低限度のものは、よほど田舎オブ田舎でない限りどこでも揃っている

 

都会は細かい移動は自分みたいな大学生には効かない

 

田舎は自転車でどこに行ってもいいし

車もどこに止めても文句は言われない

 

そんな良さがあることを知った

 

時代の流れには、取り残されていることは間違いない

 

こんなにグローバル化がすすんでいるのに

何1つグローバルになっていない家族と話しながら

 

将来への揺らぎを感じた