はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記→会社員になりました。あまり更新できないかもしれないけど、気軽にコメントください。

おせっかい

 

 

お節介や世話焼きが裏目に出ちゃった場合

 

あなたのためを思ってなんて言葉を言わないようにしよう

 

ひとの気持ちを考えて行動した結果

自分の期待とは違う反応が返って来たばっかりに、ついそんな言葉を投げかけたくなる

 

誰も自分に頼みごとをしてないからこそ

積極的に動いた自分を

それ相応を対価として感謝がなかったからといって逆ギレをしてしまう行動は幼稚だな

 

というか

やっぱり相手のことなんか全く考えてないじゃないか

自分のためを思っての行動だな

 

お節介や世話焼きが徒労に終わってしまった時

本当に相手のことを考えているかどうかは

 

君のことを思った上での行動だったんだ

っていう言葉が出ちゃうかどうかなのかな

 

自分は損得勘定で人間関係を考えたくない

つまり損得勘定で考えてる

 

だから

相手のためを思った行動、おせっかいをとるし

失敗したり、気づかれなかったりしたら損した気分になる

 

それを自覚した上で

相手に手の内を明かす

言い訳のダサさには敏感なのかもな

 

 

節約

 

お金がないからと

いろんなことを諦めていったら

お金は溜まっていく

 

我慢をしていくことに

充実感を覚えていって

 

したいことをしなくても

達成感を味わうようになっている自分がいる

 

贅沢は敵

我慢は美德な日本人だ

 

生きるためにお金を貯めていく

最近じゃ2000万貯めておかないと

老後が生活できないらしいな

 

時間とともに通帳の残高が増えていって

それを銀行が誰かに貸す原資になる

 

日本人の我慢の塊があるからこそ

国債をどんどん発行しても

今のところ円の信用は落ちないし

インフレーションも起きない

 

よくよく考えると

お金を使うために働いているのに

お金を貯めるために働いていることに

違和感を感じる

 

好きなことがわからないのに

お金の使い方もわからないのに

貯めてることに違和感を感じるのはなんでだろうな

 

とにかく

なにをしたらいいかわからないけど

なにかをしなくちゃいけない

 

将来のためじゃなくて

今なにができるんだろうな

中学生

 

 

懐かしさも感じないほど昔の通学路を

昔とは1.5倍くらいの歩幅で歩いて土手を歩いて行く

花粉は大丈夫だろうかと

気にかけているけど心配はしない

 

 

母校の中学の生徒が自転車で走り去っていく

ヘルメットをしないだけで

怒られていた理由はなんだったのかなと

考えようとしたけど

大した答えなんて出やしない

 

そういえばさっきの中学生は青色の体操服を着ていた

 

自分は緑色だった

当時は青色の希望だったななんて思いながら

また中学生の気にすることのスケールの小ささを鼻で笑う

 

自分の代から体操服の色のサイクルが

何周したのかってことを少し考えようとした

年度とか月とかの計算は結構苦手

1年ずれたりする

ずれないためには1年ごとを指を折って遡るという必殺技しかないけれど

10年ほどを振り返るほど

そのことに対して興味はわかなかった

 

 

計算も出来ないなら

中学生からやり直した方がいいに決まってる

鼻で笑う自分を恥じる

 

今となっては小さなことでも

当時にとっては大問題

10年経っても覚えているだけのことはある

 

そもそも覚えているということは

今となっても小さなことではないらしい

 

過去を笑うけど

今の悩みが将来笑われることになる想像力なんか持ってない

 

いらないんだろうけど

不思議な気持ちになったりする

 

 

 

 

惰性的な

 

 

 

いい意味でもわるい意味でも仕事に少しずつ慣れてきたところ

 

1日の大きな時間のなかで

あまり大きなことを考えなくなっている

 

目の前のことに夢中になって

人生的なことや精神的なことなんか

ほとんど考えなくなって

 

毎日をなんとなく

惰性で生きている感じももちろんする

 

リズミカルな生活が心地よいのだけれど

本当に心地よくていいのかなって

思わないといけないのかな

 

よくわからないけど

珍しくストレスもない時期

毎日が楽しくあり

引きつった笑顔なんか出てこない

 

みずから進んでやり始めたことじゃない

やれと言われたことを

とりあえずこなせるようになったことで

充実感を感じる自分は

しあわせばかなんだろうな

 

意味や意義なんか求めはしない

ただなんとなく

ぼんやりと生きて

ものごとを進めていく

 

それでいいとも思っているのだけどな

 

 

しあわせ

 

 

人生ずっといっしょにいるのは

自分だけだから

 

自分のことだけを考えて生きることに

なんの疑問も抱かない

 

ましてや一回しかない人生だと

仏教徒ながら思っているから

 

より自分のことだけを考えて行ったほうがいいに決まってる

 

自己中心的になれば

悩みなんかは少しは減ってくるような気がするな

 

傲慢な人って悩みが少なそうだよね

って言うど偏見をかましてみる

 

自己中心的っていうと

他人に迷惑をかけたり

周囲を顧みないようなイメージがあるけど

 

言いたいことはそうじゃなくて

 

自分の喜びを感じることをする

 

ってことが自己中に生きることだと思うな

自分の喜びが他人の不幸をみることだったりする人は論外だけどね

 

そういう人がいないことを前提にものごとをすすめたいけど

いる場合には、関わることをすっぱりやめてしまえばいいね

幸か不幸か

関わらない人の方がおおいから嫌な人1人くらい人生から抹消してしまっても

なんの支障もきたさない

 

人の幸せは人それぞれだから

1人の趣味を楽しむのもよし

誰かのために奔走するのもよし

 

とにかく自分にとっての幸せにむかって

ちょっと動いていくのがいいかもね

 

その考え方になったとしても

実際の言動は変わらないかもしれない

 

だけど

自己中に幸せを追い求めることは

思ったより

楽に生きられるかもしれない

 

タイミング

 

 

20歳の時に何をしていたか

雑誌ポパイの特集

 

大学時代ちょうど20歳の時に購入して

引っ越しの時もなぜか捨てることが出来なくて

今も本棚に飾ってある

 

分かるとか

為になるとか

ターゲットの年齢からは離れていってしまうことに

飾ってあるだけで気がつかなかった

 

多分そんな感じで

鮮度は結構大事なんだろう

 

恋は

タイミング

フィーリング

ハプニング

って言うらしいしさ

 

何をするか

何を読むか

何を感じるか

誰と関わるか

 

の順番もすっごく重要なことに

気がつかないよな

 

もう雑誌はいらないのかな

読み残したまま

それは腐っていく

 

今できることを今しよう

思ったより自分は子供の精神のままで

思ったより年齢は重ねていく

 

20歳という節目から

なかなか外れていってしまうのは

成長していってるってことなんじゃなかろうか

 

 

寝てる

 

 

私に計画性と実行力があれば

もっとまともな人間になれていただろうと思ったりもするけど

 

計画性と実行力があったら

自分らしくないなって思ってしまう

 

弱い部分は目立つからさ

埋めちゃうと個性が死んじゃうや

 

計画がないことはどんなこともできる

無限の可能性を秘めている

 

でも、実行力がないことは少し問題かな

というか大問題

 

布団の上にいても

人生のマスは進まない

人生ゲームのサイコロを振ろうとしない姿勢は

面白くない

 

 

人生なめてると言われても仕方ないな