はんなりブログ

京都に住む大学生のだらだら日記です。気軽にコメントください。

つらつら

 

この世の中

頑張っても上手くいかないことがある

努力が報われないことがある

 

その理由はたった1つ

社会が人間が作ったから

だと思う

 

「社会人」と呼ばれる人たちに

どうしようもなく辛いことが多いのは

社会と強く結びついているからだ

 

学生の頃はこう考えていたと

社会人に染まる前に甘い考えを残しておかないといけない

 

筋トレをすれば必ず成果が出る

これは人間が社会のあり方とは無関係にする事が出来る

動物的な営みだ

 

やり方は色々あれど、自分でするしかない

 

他に人に代わってもらうわけにもいかないし

お金では手に入らない

 

人間がみな平等である瞬間で

だらしないお腹は全て自分の責任にある

 

それに対して、社会はなんだい

コメを作る苦労を知らずに腹を満たし

ボタン1つで家に服や本、なんでも届く

 

果たしてそれだけのサービスを享受できるほどの

価値を生み出しているのか

 

確かに

今の経済は分業が進んで、文明が進んで

サービスのコストが下がっているのは間違いないけど

 

同じ人間で

どうしてここまで格差があるのかが気になって仕方ない

 

無人島に行けばみんな平等なのに

有人島ならなんでここまで差がつくのか

シンプルに疑問である

 

安藤昌益は農民を擁護した人で

不耕貪食の徒

耕さずに搾取する者(聖職者とか)のことを言っているらしいんだけど

 

今は沢山の種類のこういう人がいる

その人たちがなんで生きていけるのか

不思議で仕方ない

 

自分にとっては

現代に生まれたこと相当運がいいと思っている

体力もなく、ひ弱で昔なら淘汰されていた人間だから

 

だから、自分のできることを一生懸命にすれば

食べ物を作らなくても

生きていけるから

そういう現実があるからありがたいんだけれど

 

理不尽に苦労をしている人と感じている人がいる以上

理不尽なほど楽をしている人がいる現実がどこかにあるんだろう

 

なぜなら

社会が人間が作ったから

 

身近な人が苦しんでいるのは見たくないと思っていても

それが目に見えない他人だから

世の中が成り立っているんだろうなぁとも思ったりもする

 

なにが言いたいのか

全くわからなくなってきたけど

 

社会人に怯えている