あつ森への情熱が再燃している
お花だらけだった島をきれいにして
魚を釣ってダラダラと過ごしている
DIYも服装も、家の中の家具の配置も
まだまだ手をつけてない
からっぽの家のまま外に出て釣り
やることはあるはずなのに
釣りばっかり
特になにも考えなくて良いからだろうか
歩いて魚影があれば釣る
あれだけめんどくさかった
花の掃除も今思えば
何も考えなくていいからできたのかもしれない
どんな島にしたいのか
考えてるけど
なんかいまいち出てこない
考えてるようで
考えてないんじゃなかろうか
この考えるってことは
すごく大事な気がするけど
そこまで言語化はできそうにない
というか学生時代には問いに対して
答えがあったから
特に考えなくても良い気がするな
今は問いを立てるところから始まって
立てた問いに答えがあるかすらもわからずに
出した答えに点数すらつかない
だからといって
学生時代は甘い世界だったというわけでもなく
解く力を養う良問を贅沢に取り組んでいたのではなかろうか